春の気配が町に満ちてきた頃、局に一通の、古い手紙が流れ着いた。宛名を見て、透は息をのんだ。「星野局長へ」と書かれていたのだ。 差出人は、局長の亡き妻だった。若い頃、病に倒れる前に書いて、友人に託していた手紙。「もし私がいなくなっても、あなたはきっと、誰かのために働いているでしょう。私からの最後のお願いです。時々は、自分のためにも温かいものを飲んでください。あなたの幸せを、いつも祈っています」 託された友人は、渡す機会を逸し続け、年月が流れた。手紙は巡り巡って、夜の局に戻ってきた。局長自身の手紙が、局に届いたのだ。 「……ずいぶん遠回りをしましたね」星野局長は封筒を両手で持ち、長いこと見つめていた。「でも、届きました」 その夜、局長は配達に出なかった。暖炉の前で手紙を読み返し、白湯をゆっくり飲んだ。透と墨は、静かにその夜の配達を済ませた。 その夜の配達は、透と墨だけで回った。届けたのは二通。一通は、転校する友だちへの、子どもの手紙。もう一通は、老いた父が、遠くの息子に宛てた「無事でいる」の一筆だった。どちらも短く、温かい手紙だった。帰り道、透は思った。局長のいない夜も、局はちゃんと働くのだと。そして、それが少し寂しく、誇らしかった。 局では星野局長が、妻の手紙の言葉通り、自分のために、ゆっくりと茶を淹れていた。若い頃に二人で選んだ、少し奮発した茶葉だった。湯気の向こうで、局長は穏やかに笑っていたという。 夜明け前、局長は透を呼んだ。「透さん、これを」 渡されたのは、局の予備の鍵だった。 「この局は、夜のある限り続きます。私もまだ働きますが、いつか私の夜が終わる時、その鍵はあなたのものです」 窓の外が白み始め、看板の明かりが消えた。坂の下では、町が目覚めようとしていた。 星野局長は湯呑みを洗い、墨は窓辺で朝日を浴びた。透は鍵を胸ポケットにしまった。母への手紙が入っていた、その場所に。 夜の郵便局の物語は、今夜もまた、夜明けと共に静かに閉じられる。けれど、夜が来れば、また明かりが灯る。出せなかった手紙がある限り、その灯は消えない。