雪の降る夜だった。配達を終えた透は、局の暖炉の前で、意を決したように言った。 「局長。僕の手紙も、届けてもらえますか」 胸ポケットから取り出した封筒は、二年の月日で角が丸くなっていた。宛先は、亡き母。「天国の母へ」と書かれている。 「もちろんです」星野局長は、いつものように静かに言った。「今夜が、あなたの手紙の潮時だったのですね」 届け先は、母の眠る墓地ではなかった。局長が示したのは、透の実家の近くの、小さな公園だった。母が生前、夕方によく散歩した場所。その公園のベンチの下に、局には「空への中継ポスト」があるという。 「手紙はね、場所に届けるんです。あとは、風と星が運んでくれる」 透は一人で公園へ行き、ベンチの脇の小さな箱に手紙を入れた。雪が、封筒の上に静かに積もった。 公園を離れる前に、透はベンチに座った。母と最後にここを歩いたのは、亡くなる前の年の秋だった。母は落ち葉を踏む音を楽しみ、「あんたは小さい頃、このベンチで昼寝ばかりしていた」と笑った。透は空に向かって、小さな声で言った。「母さん。俺、今は手紙を届ける仕事をしているよ。……ありがとう」 雪は止みかけていた。返事のような静けさが、公園を包んでいた。 帰り道、不思議と心が軽かった。言えなかった言葉は、もう彼の胸だけの荷物ではなくなった。空を見上げると、雪雲の切れ間から、星が一つ、瞬いていた。 帰り道の途中、透はコンビニに寄り、母の好きだった甘いパンを一つ買った。店先のベンチで頬張ると、看病の日々に、病院の帰りに二人で分けて食べた味がした。悲しみは消えなかったけれど、その形が少し変わった。重い荷物から、大事な荷物へと。 公園の出口で、透はもう一度だけ振り返った。ベンチの脇の小さな箱が、月明かりの中で静かに光っていた。届いたかどうかは、もう彼の心配するところではなかった。手紙は、旅立ったのだ。 局に戻ると、星野局長が温かい白湯を用意していた。墨が透の膝に乗り、いつもより長く、喉を鳴らした。