港町の一角に、夜だけ開く仕立て屋があります。看板には針と糸の絵だけ。店主のミシンさんは、夢を縫う職人です。
人はときどき、夢を破ってしまいます。大切な夢ほど、何度も見るうちに擦り切れて、穴が開いてしまうのです。そういう夢を抱えた人が、夜更けにこの店を訪ねます。
ある晩、年老いた漁師が店の戸を叩きました。
「あんた、夢を直せるんだってな」 「ええ。どんな夢ですか」 「毎晩、若い頃の海を夢に見るんだ。ところが最近、その夢にぽっかり穴が開いてな。波の音が、聞こえなくなっちまった」
ミシンさんは頷いて、朝の光で紡いだ糸を針に通しました。夢のほつれに針を通すたび、部屋の中に、かすかに潮の香りが満ちていきます。縫い終わる頃には、漁師の夢からは、若い日の波の音と、亡くなった奥さんの鼻歌まで聞こえてきました。
「おお……聞こえる。聞こえるよ」
漁師は目を潤ませて、何度も頷きました。
別の晩には、眠るのが怖いという男の子が来ました。彼の夢には、暗い森で道に迷う場面に大きな破れがありました。ミシンさんは破れを塞がずに、そこへ小さな窓を縫い付けました。窓の向こうには、明るい野原と、迎えに来る犬の姿。
「破れたところはね、無理に塞がなくていいんです。窓にしてしまえば、光が入りますから」
男の子はその夜から、夢の中で野原へ出られるようになりました。
港町の人々は言います。あの店で直してもらった夢は、不思議と、前より少しだけやさしくなるのだと。