古い町の真ん中に立つ時計塔には、鍵かけさんが住んでいます。名前はロクさん。ロクさんの仕事は、時計のねじを巻くこと……ではありません。本当の仕事は、町の人々の「大切なひととき」に鍵をかけて、色あせないように守ることなのです。
鍵をかけたい人は、夕方、時計塔のふもとにやって来ます。ロクさんは小さなガラスの瓶と真鍮の鍵を取り出して、その人の話を聞きます。
ある日、白髪のおじいさんが訪ねてきました。
「わしの、ひとときにも鍵をかけてほしいのじゃ」 「どの時間ですか」 「六十年前の夏の午後だよ。わしが妻と初めて会った、川辺の午後じゃ。あの日の光と、妻の笑い声が、近頃どうも薄れてきてな……」
ロクさんは頷いて、おじいさんの胸のあたりにそっと瓶を当てました。すると瓶の中に、夏の光がゆっくりと集まってきました。川のせせらぎ、蝉の声、そして若い女性のはにかんだ笑い声。瓶は夕日の色に染まって、小さく温かくなりました。
ロクさんが真鍮の鍵で瓶に鍵をかけると、光は瓶の中で静かに落ち着きました。
「これで、あの午後は色あせません。寂しくなったら、いつでもここへ来て、瓶を開けて眺めてください」
おじいさんは瓶を受け取って、大事そうに胸に抱えました。
「不思議じゃなあ。過去は戻らないのに、守ることはできるんじゃな」
「ええ」ロクさんは微笑みました。「戻れないものほど、鍵をかけて、大切にしまっておくんです」
その夜、時計塔の鐘が六つ鳴りました。町のあちこちで、人々がふと空を見上げました。懐かしい誰かの顔を思い出して、少しだけ笑って、少しだけ泣くような、やさしい夕方でした。