第7話 思い出の温室

やさしい不思議の本 著者:しおりさと

丘の上の大きな温室では、思い出が植物として育ちます。温室の番人は、背の高い、物静かな女性ミドリさん。彼女は毎朝、鉢植え一つ一つに水をやりながら、葉の色と花の香りを確かめます。

ここに預けられるのは、人々が「なくしたくないのに、少しずつ薄れていく思い出」です。子どもの頃の家の匂い、初恋の人の声、遠い夏の夕立の音。思い出は種になって届き、ミドリさんが育てると、花として咲きます。花の香りをかぐと、その思い出が、昨日のことのように蘇るのです。

ある日、中年の女性が小さな種を持って訪ねてきました。

「母の、台所の歌を預かってほしいんです。母が料理をしながら歌っていた歌。私ももう、メロディの半分しか思い出せなくて……」

ミドリさんは種を受け取って、窓辺の一番明るい場所に植えました。水をやり、日を当て、時々そっと話しかけました。何週間かして、小さな白い花が咲きました。

女性が花の香りをかぐと、目に涙が浮かびました。湯気の立つ台所、包丁の軽やかな音、そして母の鼻歌。忘れかけていた後半のメロディまで、はっきりと聞こえてきました。

「思い出しました……全部、思い出しました」

「よかった」ミドリさんは微笑みました。「思い出はね、消えてしまうんじゃないんです。日当たりのいい場所と、思い出そうとする気持ちがあれば、また咲くんですよ」

女性は家へ帰って、その日の夕方、台所で母の歌を歌いました。下手くそだけれど、温かい歌でした。

温室では今日も、誰かの大切な思い出が、静かに芽を出しています。