骨董品屋の店先に、大きな楕円形の鏡があります。その鏡には、夕方の五分間だけ、不思議な町が映ります。提灯が並び、屋台が並び、お祭りの始まる直前で止まっている小さな町。鏡の中では、時間がいつも「あと少しで始まる」のところで止まっているのです。
店主のおじいさんは、事情を知っています。でも、客には何も言いません。ただ、夕方になると鏡の前の埃を払って、そっと店の戸を開けておきます。
友だちの少ない少年カイは、ある夕方、その鏡を見つけました。鏡の中の町では、同じ年頃の女の子が、屋台の陰からこちらを覗いていました。
「ねえ、そっちから見えるの」 「見えるよ。私はミク。こっちはお祭りの前で止まってる町」 「どうして止まってるの」 「さあ。ずっと前から、始まるのを待ってるの」
次の日から、カイは毎夕、鏡の前に通いました。五分だけの会話。学校のこと、好きな食べ物のこと、飼っている犬のこと。ミクは笑って、屋台の綿あめを指しました。
「いつかお祭りが始まったら、一緒に食べようね」
季節が巡って冬のある日、カイは転校することになりました。最後の夕方、カイは鏡に言いました。
「ぼく、もう来られない。でも、きっと戻ってくる」 「うん。待ってる。こっちは時間、止まってるから」
何年も経って、青年になったカイが骨董品屋を訪ねると、鏡はまだそこにありました。夕方五時、鏡の中に町が現れて、屋台の陰から、少女のままのミクが手を振りました。
その瞬間、止まっていた町の提灯が、一つ、また一つと灯り始めました。太鼓の音が遠くに聞こえました。
「始まるみたいだね、お祭り」 「うん。君が戻ってきたからだよ、きっと」
鏡の中で、お祭りが、やっと始まりました。