路地の奥の薬屋では、匂いを売っています。店主のカオリさんが調合する小瓶には、「勇気の匂い」「故郷の匂い」「雨上がりの匂い」といったラベルが貼られています。
若い船乗りのユウは、長い航海に出る前に「母のみそ汁の匂い」を買いに来ました。
「遠い海の上で、ホームシックになったときに嗅ぐんです」 「はい。温かい朝の匂いに調合しましたよ」
航海の途中、嵐の夜にユウがその瓶を開けると、狭い船室に母の台所の匂いが満ちました。湯気、みそ、出汁の香り。不思議と震えが止まって、ユウは深呼吸をして、持ち場に戻ることができました。
帰港の日、ユウは店に寄りました。 「ただいま。母に会う前に、寄っちゃいました」 カオリさんは笑いました。 「匂いはね、記憶への一番の近道なんです。大切な人のところへ、すぐ連れて行ってくれる」
薬屋の棚では今日も、たくさんの小瓶が、誰かの大切な記憶を守っています。