深い谷川に架かる橋には、不思議な性質があります。上流側は春、下流側は秋。橋を渡ると、季節そのものが移り変わるのです。橋の番人ハシモリさんは、渡る人々にいつも言います。
「持ち帰れるのは、片手に入るもの一つだけ。それも、自分のためではなく、誰かのためのものだけですよ」
少女ハルは、秋側の村から橋に来ました。寝たきりのおばあちゃんが「もう一度、桜が見たい」とつぶやいたからです。
ハルは橋を渡って春へ出ました。満開の桜並木。ハルは考え抜いて、落ちてきたばかりの花びらを一枚だけ、そっと手のひらに乗せました。
「おばあちゃん、桜だよ」 秋の部屋で、おばあちゃんは花びらを頬によせて、目を閉じました。 「ああ、春の匂いだ……。こんなに長く生きてきて、よかったなあ」
ハルは橋の番人の言葉を思い出しました。大切なものは、大きさではないのだと。誰かを思う気持ちに、季節でさえ道を譲るのだと。