第28話 歌う石畳の通り

やさしい不思議の本 著者:しおりさと

古い港町に、石畳の通りがあります。晴れた日に幸せな人が歩くと、石がかすかに歌うというのです。カン、コン、と足音に合わせて、まるで鍵盤のように。

音楽家のオトヤは、妻を亡くしてから、この通りで一度も音を聞いていませんでした。彼の足音は重く、石は沈黙したままでした。

ある春の日、オトヤは通りで転んだ小さな女の子を助けました。女の子は泣き止んで、オトヤの手を握って歩き出しました。「おじちゃん、一緒に歩くと、石が歌うよ」。二人の足音に合わせて、カン、コン、石畳が鳴り始めました。

オトヤは驚いて、それから笑いました。歌うのは石ではなく、歩く人の心だったのです。心に少しでも光が戻れば、足音は自然と調べになる。

その日からオトヤは、少しずつピアノに向かうようになりました。通りの石畳は、彼の新しい曲を、最初に聞く観客でした。