山の温泉地に、猫が営む湯屋があります。看板猫のユキは、湯加減を見る名人(名猫)です。この湯屋の湯は不思議で、疲れが蒸気になって体から抜け、その蒸気が小さな動物の形をして、しばらく湯気の上を漂うのです。
都会で働き詰めの看護師、アカリがこの湯屋を見つけたのは、雪の夜でした。湯に浸かると、彼女の肩から湯気が立ち上り、小さな白いウサギの形になりました。ウサギはしばらく漂って、やがて夜空へ溶けていきました。 「それはね、お客さんの『がんばりすぎ』ですよ」とユキ。「ウサギは跳ねるのが好き。ずっと抱えていると、重くなりますから」
アカリは深く息を吐きました。翌朝、体が羽のように軽く感じました。
ねこの湯やの評判は静かに広がり、今夜も誰かの疲れが、小さな動物になって空へ帰っていきます。