山寺の境内には、あじさいが何百株も咲きます。住職の飼い猫、トラは参拝者の話し相手をするのが仕事のようでした。人々はトラの隣に座って、悩みをぽつぽつ話し、トラは黙って聞いて、時々「にゃあ」と相槌を打ちます。
仕事で失敗して落ち込む女性が、雨の日に訪れました。あじさいの花に雨粒が光っていました。 「トラさん、私、向いてないのかな」 トラは女性の膝に、そっと頭を寄せました。 住職が通りかかって言いました。 「あじさいはね、土の性質で色が変わる花です。同じ株でも、置かれた場所で色が違う。人も同じで、今の場所の色が、自分全部の色ではないんですよ」
女性はあじさいを見ました。青、紫、桃色。どの色も綺麗でした。 「場所が変われば、色も変わる……か」 帰り道、彼女の足取りは少し軽くなっていました。トラは門のところで、尻尾を振って見送りました。