第57話 金魚の聞き手

やさしい不思議の本 著者:しおりさと

港の待合室に、大きな水槽があります。金魚のキンは、この水槽で三十年、旅人たちを見てきました。船を待つ人々は、待合室で誰に話すでもなく、独り言のように旅の話をします。キンはその全部を、静かに聞いてきました。

ある日、若い女性が水槽の前に座りました。引っ越しを控えた彼女は、不安でいっぱいでした。 「ねえ金魚さん、新しい土地で、うまくやれるかな」 キンはゆらりと泳いで、彼女の方を向きました。女性は笑いました。 「聞いてくれてありがとう。不思議ね、話したら少し楽になった」

待合室の係員は言います。「あの金魚は、この港で一番の聞き手なんですよ。何百人もの旅立ちの話を聞いてきたんです」

旅人は、答えを聞きたいのではありません。聞いてもらえるだけで、背中を押されるのです。キンは今日も、水槽の中で静かに耳を澄ましています。