牧場主のジロウさんは、羊たちに歌を歌う人でした。朝、丘に登って歌うと、羊たちは安心して草を食みます。五十年間、雨の日も歌い続けた歌です。
ジロウさんが年を取って引退する日が来ました。後を継ぐ孫のケンジが言いました。 「おじいちゃん、明日から歌はどうするの。僕、下手だよ」 「歌は、上手い下手じゃない。羊たちは、声を覚えているだけさ」
翌朝、ケンジが丘に立つと、羊たちが一斉に顔を上げました。そして、驚いたことに、羊たちが小さな声で鳴き始めたのです。ジロウさんの歌の旋律に、どこか似ていました。 「羊たちが、歌を覚えててくれたんだ」 ケンジは目を潤ませて、自分の声で歌い始めました。下手でも、二番からは羊の鳴き声と合唱になりました。牧場の歌は、こうして受け継がれていきます。