年の最後の夜、終電の後の市電が、一駅だけ過去へ行くことがあります。運転士はベテランのミチさん。乗り込めるのは、「どうしてももう一度見たい場所」がある人だけです。
今年の乗客は、年配の女性でした。 「昔住んでいた町並みを、見たいんです。もう再開発で無くなってしまった町を」 市電は夜の線路を走り、やがて懐かしい町並みの中を進みました。若い頃の自分が歩いています。八百屋の声、子どもたちの笑い声。女性は窓から、そっと手を振りました。過去の自分は気づかずに、笑って歩いていきました。 「ありがとう。私は、元気に年を取ったよ」
駅に戻る頃、夜が明けかけていました。女性は深々と頭を下げました。ミチさんは言いました。「過去は、励ましに来るところです。住むところではありませんから」。