北の村では、冬になると氷のお宿を作ります。湖の氷を切り出して積み上げた、小さな宿。泊まる客は、寝る前に氷の壁に願いを一つ、そっと彫る習わしです。春に宿が溶けると、願いは湖の水になって、世界へ流れていくのだそうです。
今年、病気の母親のために泊まった少女は、壁に彫りました。「おかあさんが、元気になりますように」。宿の主人は言いました。 「願いはね、溶けて水になる。水は川になって、海になって、雨になって帰ってくる。だから願いは、どこかで必ず降り注ぐんだ」
春、宿は静かに溶けて、湖に戻りました。夏の初め、少女の母親は退院しました。少女は湖を見て思いました。あの願いが、水になって巡って、届いたのかもしれない、と。
氷のお宿は、来年の冬も作られます。願いの泊まる場所として。