第96話 音楽堂の古い椅子

やさしい不思議の本 著者:しおりさと

古い音楽堂の三列目の端には、特別な椅子があります。その椅子に座ると、過去の名演奏の残響が、かすかに聞こえるのだそうです。

バイオリンを習う少女、オトハはコンクールの前日、緊張で眠れませんでした。音楽堂を訪れ、その椅子に座りました。耳を澄ますと、遠くに弦楽の響き。何十年もの間、この場所で演奏した人々の音の記憶でした。 「皆、緊張しながら弾いたんだろうな。それでも、こんなに綺麗な音が残っている」

翌日のコンクール、オトハは深呼吸をして舞台に立ちました。結果は入賞。帰りに音楽堂へ寄って、椅子にそっと礼をしました。

椅子は今日も静かに座っています。次の演奏者の緊張を、過去の音で和らげるために。