第3話 船乗りの父へ

夜の郵便局 著者:ミオ

八歳の男の子が書いた手紙だった。字は大きくて、ところどころ傾いている。 「おとうさんへ。ぼくはじてんしゃにのれるようになりました。おとうさんのふねはおおきいですか。うみのうえはさむいですか。はやくかえってきてください」  男の子のお父さんは、遠い海を回る貨物船の船員だった。お母さんは手紙を預かったけれど、船の寄港地が変わって、出す宛がわからなくなってしまった。手紙は船を追いかけるように、夜の局に辿り着いた。 「船への配達は、港が担当でね」星野局長は古い帳面を開いた。「今夜、その船は隣町の港に入る。間に合いますよ」  お母さんは、その手紙を台所の引き出しにしまっていた。隣には、男の子が描いた船の絵が何枚もあった。お父さんの帰りを待つ日々の中で、親子は少しずつ、待つことに慣れていった。でも手紙の「はやくかえってきてください」は、お母さんにも出せないままだった。船の宛先が分からないというのは、本当の理由の半分でしかない。寂しさを文字にして送れば、船の上のお父さんが心配する。そんな気遣いが、封をさせなかったのだ。  夜の局は、そういう気遣いの重さごと、手紙を引き受けた。  透は夜通し自転車を漕ぎ、海沿いの道を走った。潮の香りが濃くなり、遠くに港の灯が見えてきた頃、夜明け前の港に着いた。船員用の郵便受けに手紙を入れると、墨が桟橋の先で朝日を眺めていた。  船員用の郵便受けの場所は、港の古い船乗りが教えてくれた。「ああ、家族の手紙は宝物だ」と彼は笑った。「船乗りはね、手紙をポケットに入れて、何度も読み返すんだ」  数日後、男の子の家に、絵はがきが届いた。荒い字で、こう書かれていた。「自転車、すごいじゃないか。海の上は寒いけど、お前の手紙で温かくなった。帰ったら一緒に走ろう」  お母さんは絵はがきを冷蔵庫に貼った。男の子は毎朝それを見て、少し背筋を伸ばして学校へ行く。  出せなかった手紙が届くと、返事は思いがけない速さで帰ってくることがある。夜の局では、よく知られたことだった。