第4話 猫の案内人

夜の郵便局 著者:ミオ

雨で滲んだ手紙だった。宛名の半分が流れて、読めるのは「おばあちゃんへ」と、町の名前だけ。 「こういう時は、墨の出番です」星野局長が言うと、黒猫は大あくびをして立ち上がった。  墨は匂いを嗅ぐように、夜の路地を進んだ。商店街を抜け、踏切を渡り、細い坂を上る。透は自転車を押しながら、提灯を片手に後を追った。  道中、商店街のシャッターの前で、墨は一度だけ立ち止まった。かつて孫娘が、おばあちゃんに連れられて飴を買ってもらった店だった。手紙の匂いには、そういう思い出の場所の気配も混じっているのだと、透は教わった。配達員の仕事は、住所ではなく、人の時間を辿ることなのかもしれない。  雨は上がり、雲の切れ間から月が見えた。墨の足取りは、迷いがなかった。  辿り着いたのは、丘の上の小さな介護施設だった。引っ越したばかりのおばあちゃんが、眠れずに窓の外を見ていたという。差出人は、遠くに住む孫娘。進学で忙しくなり、引っ越しの挨拶もできないまま季節が過ぎていた。 「ごめんね、遅くなって。元気でいるよ。おばあちゃんの煮物が恋しいです」  施設は丘の上で、町の灯りを見下ろしていた。夜勤の職員が一人、静かな廊下を見回っている。おばあちゃんの部屋だけ、小さな灯りが残っていた。新しい場所に馴染めず、彼女は毎晩、遠くの町の灯り——孫娘の住む方角の灯り——を眺めていたのだという。  墨は施設の植え込みの陰で一度立ち止まり、窓の方を向いて小さく鳴いた。それが、配達完了の合図だった。  窓の向こうで、おばあちゃんがカーテンを少し開けた。配達員の姿は見えなかったけれど、彼女はなぜか、その夜は安心して眠れそうな気がしたという。  手紙は施設の郵便受けに届けられた。翌朝、職員に渡されたおばあちゃんは、窓辺で何度も読み返し、看護師に言ったそうだ。「今日はよく眠れそうだわ。その前に、この子に電話をしなくちゃね」  帰り道、墨はずいぶん得意そうだった。透はコンビニで温かいミルクを買い、墨と半分ずつ飲んだ。夜の配達には、こういう報酬もある。