十年前に書かれた手紙が、局の金庫に眠っていた。 中学生の少女が、学校の行事で書いた「十年後の私へ」の手紙である。学校は閉校になり、保管されていた手紙の束は行き場を失った。けれど、そのうちの一通だけが、夜の局の金庫に移されていた。「時が来るまで預かる手紙もあるのです」と星野局長は言う。 「二十三歳になった私へ。元気ですか。私は今、友達と喧嘩して、少し落ち込んでいます。でも、明日の給食はカレーなので、たぶん元気になります。大人の私は、何をしていますか。好きなことは、見つかりましたか」 局の金庫には、年代物の小さな棚があり、年月を書いた札と共に、何十通もの「待ち時間の手紙」が眠っている。出発の時を待つ手紙たちだと、星野局長は言った。 「手紙には、書かれた時間と、届くべき時間の、二つの時間があります。その間を預かるのも、局の仕事なんです」 透は棚を見回した。来週届く手紙、来年届く手紙、そして十年待った、今回の手紙。その一通一通に、誰かの時間が折り畳まれているのだと思った。 現在の彼女は、町外れのアパートで一人暮らしをしている。仕事に疲れて、帰りの遅い日が続いていた。 透は夜の二時に、そのアパートのポストへ手紙を届けた。 翌日の夜、仕事帰りの彼女はポストの中で見覚えのある字を見つけた。部屋で読みながら、彼女は笑って、それから少し泣いた。そして台所に立って、自分でカレーを作った。 返事を書く宛先はなかったけれど、彼女は小さなメモを冷蔵庫に貼った。「好きなこと、探し中。でも今日はカレーが美味しかった」 翌日の職場で、同僚が彼女に言ったそうだ。「今日、なんだか顔が明るいね」。彼女は笑って、「昔の私に励まされちゃった」とだけ答えた。誰にも詳しくは話さなかったけれど、その日から彼女は、金曜の夜には少し早く帰るようになった。好きなことを探す時間を、自分に許すようになったのだ。 十年越しの配達は、それで完了だった。金庫の棚がひとつ、軽くなった気がした。