第9話 パン屋さんの手紙

夜の郵便局 著者:ミオ

町外れの小さなパン屋の店主が書いた手紙だった。宛先は、かつて毎朝来ていた高校生。今は卒業して、町を離れている。 「いつも一番安いパンを買っていく君へ。君が笑顔で『いただきます』と言うのが、私の朝の楽しみでした。お金がない日は、遠慮せずに言ってくださいと言えなかったのが心残りです。どこかで、ちゃんとご飯を食べていますか」  店主は、少年の家の事情を知っていた。卒業の日、渡そうとして、店が混んでいて渡しそびれた。手紙はカウンターの引き出しで眠り、ある夜、局へ流れ着いた。  高校時代の少年は、いつも財布の中身を数えてから店に入った。閉店間際、店主は「焼きすぎちゃったから」と、まだ温かいパンを袋に足した。少年はそれが店主の嘘だと、卒業する頃には気づいていた。気づいていても、彼は甘えることにした。甘えることで、店主の優しさを無駄にしないのだと、彼は思っていたのだ。  そういう小さな恩の積み重ねが、手紙という形になるまでには、時間がかかる。  少年は今、専門学校に通いながら食堂で働いている。食堂では、自分がしてもらったように、若い客の皿に少しだけ、おかずを足すことがあるという。透が手紙を届けたのは、彼の小さなアパートだった。  数週間後の早朝、パン屋の店主は、店のポストに見慣れた封筒を見つけた。差出人は、あの少年だった。 「ご飯、食べています。あの頃、閉店前のパンを安くしてくれたこと、気づいていました。ありがとうございました。今度帰ったら、また買いに行きます」  店主はその手紙を、レジの横に貼った。  その年の春、店には新しい常連が増えた。財布の中身を数えて入ってくる、近所の高校生だった。店主はカウンター越しに、その横顔を見て微笑んだ。優しさの置き場所は、次の誰かに受け継がれていくのだ。   店主は時々、レジ横の手紙を見ては、朝の仕込みに精を出した。届いた手紙は、届けた人の日々も温めるのだった。  それからは前にも増して、朝のパンの焼ける匂いが、通りを行く人たちを温めるようになった。