第11話 卒業式の封筒

夜の郵便局 著者:ミオ

小学校の先生が、定年間際に書いた手紙の束が局に届いた。三十六人分の封筒。卒業していく教え子、一人ひとりに宛てた手紙だった。  先生は病気で卒業式に出られず、手紙を渡す機会を失った。その後も「今さら」と思ううちに年月が過ぎ、教え子たちは大人になった。 「宛先は、だいぶ散らばっていますね」住所録を前に、透は言った。 「夜は長いですよ」星野局長は微笑んだ。「何夜かに分けて、届けましょう」  配達は五夜に及んだ。遠くは海を越えた町まで、墨と透と、時には局長も自転車を漕いだ。海を渡る夜には、墨の首に小さな鈴が付けられた。波の音の中で迷子にならないようにと、星野局長が用意した、卒業配達のための特別な鈴だった。  一通の手紙には、こう書かれていた。「君はよく、本の世界に逃げていましたね。でも先生は知っています。君は逃げていたんじゃない。力を蓄えていたんです。大人になった君は、きっと誰かを守っています」  その教え子は、今は児童館の職員になっていた。手紙を読んだ彼女は、翌日、職場の子どもたちに本を読んで聞かせながら思ったそうだ。あの頃の自分が、今ここに繋がっているのだと。  別の教え子への手紙には、こうあった。「進路調査で、君だけ『まだ決まっていません』と書きましたね。先生は嬉しかったのです。決まっていないというのは、可能性が残っているということだから」  その教え子は、紆余曲折の末、今は小さな工房で家具を作っている。手紙を読んだ彼は、工房の壁に手紙を貼った。決まっていない時間を肯定してくれた人がいたことを、彼は初めて知ったのだった。  手紙を受け取った三十六人は、それぞれの場所で、それぞれの夜を過ごした。全員の反応を局が知ることはない。けれど星野局長は「届いた先の人生は、届けた側のものではありません」と言って、帳面を静かに閉じた。  最後の一通を届け終えた夜、星野局長は帳面に小さく印を付けた。「これで、卒業式が終わりましたね」