年賀状だった。消印は、なんと二十年前。書かれたのは印刷ではなく、震える手書きの字だった。 「元気かね。私は相変わらず畑をやっています。今年は大根がよくできた。たまには顔を見せなさい」 差出人の老人は、もうこの世にいない。宛先は、都会で暮らす息子だった。当時、年賀状の束に紛れて、机の引き出しの奥に落ちた一枚。遺品整理で見つかり、息子の手に渡ったものの、息子は「今さら届けてもらっても」と、実家の仏壇に供えたままだった。その夜、その年賀状は局へ流れ着いた。 「故人からの手紙も、届けるのが仕事です」と星野局長。 息子のマンションに、年賀状は届けられた。朝、ポストで見つけた彼は、しばらく廊下に立ち尽くした。二十年分の「顔を見せなさい」が、一度に胸に届いたのだ。 彼はその夜、妻に年賀状を見せた。「父さん、ずっと待ってたんだな」 若い頃の彼は、故郷を窮屈に感じていた。畑仕事を継ぐのが当たり前という空気が嫌で、都会に出た。父は止めなかった。ただ、見送りの駅で「体に気をつけろ」とだけ言った。その父が、毎年律義に、息子の帰りを待つ年賀状を書いていたのだ。一枚だけが、二十年遅れて届いた。 その週末、彼は故郷に帰った。畑は親戚が継いでいた。大根を引き抜かせてもらい、仏前で手を合わせた。帰りの車の中で、彼は妻に言った。「正月は、子どもたちも連れて帰ろう」 故郷では、親戚が畑を守り続けていた。「あんたの父さんは、畑の土の匂いが好きでね」と叔父は言った。彼は午後いっぱい、大根の収穫を手伝った。二十年ぶりの土の感触に、都会で固くなっていた心が、少しほぐれていく気がした。帰り際、彼は叔父に言った。「正月、家族で帰ってきます。子どもたちにも、畑を見せたくて」 仏前で彼は、小さな声で報告した。「父さん、大根、立派だったよ」 彼は帰りの新幹線で、故郷の大根を膝に抱えていた。窓の外を、懐かしい景色が流れていった。 遅れてきた年賀状は、二十年後の家族旅行の切符になった。