揚げ物屋の老婦人に宛てた手紙だった。書いたのは、今は三十代の男性。 「高校時代、下宿先でお金に困っていた時、閉店前に『形が悪いから持っていきな』と、コロッケを包んでくれましたね。あれが、どれだけ嬉しかったか。大人になった今、やっとお礼が言えます」 彼は手紙を書いたものの、お店がまだ続いているかわからず、出せずにいた。店は代替わりして、今は老婦人の娘が切り盛りしている。 「大丈夫、店は続いていますよ」星野局長は、町のことに詳しかった。 透が手紙を届けた夜、娘さんは手紙を読み、奥の母を呼んだ。母は目を細めて、何度もうなずいた。 翌週、男性の元に小包が届いた。中にはコロッケと、手書きのメモ。「形の悪いコロッケです。お代は要りません。立派になってくれて、ありがとう」 彼は電話をかける前に、少し緊張した。声を聞けば、高校時代の自分に戻ってしまいそうだったからだ。でも受話器の向こうの老婦人は「あら、あんたかい」と、昨日のことのように言った。「ちゃんと食べてるかい。それが一番だよ」 彼は笑いながらコロッケを頬張り、電話で店に礼を言った。その年の忘年会は、故郷の友人たちと、その揚げ物屋の座敷で開かれたそうだ。 その後、揚げ物屋では小さな伝統が生まれた。閉店前、形の崩れたコロッケは、近所の学生たちに安く分けられるようになったのだ。娘さんは言う。「母の嘘を、私も受け継いだんです」。店の夕方の匂いは、今も学生たちの帰り道を温めている。 年末、彼は学生時代の友人たちを連れて店を訪れた。老婦人は目を丸くし、それから店いっぱいに笑った。コロッケはその日も、少し多めに皿に盛られた。故郷の味というのは、場所ではなく、人の記憶の中にあるのだと、彼は思った。 温かいものは、温かいものを連れてくる。 彼が帰る時、老婦人は言ったそうだ。「あんたも、誰かに温かいものを分けてあげる大人になったね」。それが、彼にとっての卒業証書だった。 夜の局の配達簿には、揚げたての匂いのする印が残った。