第22話 母のレシピ

夜の郵便局 著者:ミオ

その手紙には、レシピが同封されていた。「娘へ。肉じゃがの作り方。じゃがいもは大きめに切ること。煮崩れを恐れないこと。味は、最後に笑顔で調整すること」  書いたのは、一人暮らしを始めた娘を思う母親だった。心配で、つい小言ばかり言ってしまう。電話では喧嘩になるからと手紙を書いたのに、「重いと思われるかも」と出せなかった。  娘は都会で働き始めて半年。疲れて、食事も適当な日が続いていた。実家に電話する元気もなく、母の声を聞けば泣いてしまいそうで、連絡を避けていた。 「この手紙は、今夜が潮時ですね」星野局長は封筒を量った。「娘さんの心が、ちょうど受け取れる重さになりました」  透は夜の十時過ぎ、娘のアパートに手紙を届けた。休日の朝、娘は手紙を開き、台所に立った。じゃがいもを大きめに切り、恐れずに煮た。味見をして、少し笑った。母の味に、少し近づいた気がした。  じゃがいもを切る手が、最初はぎこちなかった。人参の皮むきでは指を切りそうになった。でも、煮汁の匂いが部屋に満ちてきた時、彼女は実家の台所に立っているような気持ちになった。味見の二口目で、彼女は一人、台所で笑った。母の言う「笑顔で調整」というのは、こういうことだったのかもしれない。  食後、娘は三か月ぶりに実家へ電話した。「肉じゃが、作ったよ」  電話の向こうで、母は「味の調整はできたかい」と笑った。  その夜、母もまた、台所で肉じゃがを作った。一人分の鍋は少し大きすぎたけれど、彼女は気にしなかった。電話の向こうの娘と同じ味を食べていると思うと、離れた食卓が、ひとつの食卓に繋がった気がしたのだ。翌日、母は余った肉じゃがを近所の人に分け、「娘がね、作り方を覚えたんですよ」と、少し誇らしげに話したという。   娘はそれから、日曜の夜を「肉じゃがの日」と呼ぶようになった。毎週ではないけれど、時々、母のレシピが二つの台所で生きている。  二人の距離は、肉じゃが一つ分、近くなった。