第23話 雪の夜の手紙

夜の郵便局 著者:ミオ

雪の夜は、配達が難航する。その夜、局に届いたのは、入院中の夫への手紙だった。書いたのは妻。夫婦は七十年近く連れ添い、離れて眠るのは初めてだった。 「寒くなりました。あなたの椅子は、そのままにしてあります。早く良くなって、また二人で炬燵に入りましょう。無理はしないで。でも、待っています」  妻は手紙を書いたが、病院への面会が制限され、郵便も遅れる季節だった。思いは夜の局に託された。 「雪の日は、墨が道を知っています」星野局長の言葉通り、墨は雪の積もった道を、迷わず進んだ。透は手紙を懐に入れて温めながら、病院まで歩いた。  手紙は夜勤の看護師に託され、消灯前の病室に届けられた。夫は眼鏡をかけ、妻の字をゆっくり追った。そして枕元の写真立て——妻の笑顔の写真——に向かって言ったそうだ。「待っててくれるなら、頑張らんとな」  手紙を読んだ翌日から、夫はリハビリに熱心になったという。歩行訓練の歩数が、少しずつ延びていった。看護師が理由を尋ねると、彼は照れたように言ったそうだ。「待ってる人がいるんでね」  一方の妻は、面会のたびに夫の好きだった漬物を持って行った。食べられない日もあったけれど、置いて帰ることが、二人の約束事のようになっていた。離れていても、暮らしのリズムは二人で刻まれていたのだ。  その冬を越えて、春の初め、夫は退院した。迎えに来た妻と、玄関先で手を繋いで家に入ったと、町内会の回覧板のような噂で局に伝わった。   退院の日、夫はいつもの自分の椅子に座って、妻の淹れた茶を飲んだ。「やっぱり家がいいな」。妻は炬燵に足を入れながら言ったそうだ。「あなたの椅子、ずっと空けておいたのよ」。雪の夜の手紙は、今、二人の間の炬燵の上で、静かに役目を終えていた。   近所の人たちは言った。「あの夫婦は、雪の夜を越えたから、前より仲がいい」  墨の足跡は、春の雪解けと一緒に消えた。けれど配達簿には、その夜のことが、局長の丁寧な字で残っている。