四十歳の男性が書いた手紙だった。宛先は「二十歳の私」。 「お前は今、夢と現実の間で悩んでいるだろう。就職を決めかねて、焦っているだろう。大丈夫だと言ってやりたい。お前はちゃんと生きていく。失敗もするが、笑える日もたくさんある。だから、無理に偉くならなくていい」 手紙は、会社の節目の夜に書かれた。若い頃の自分を思い出し、ふと書かずにはいられなかった。けれど、過去へ届ける手段はない。手紙は机にしまわれ、その夜、局へと流れ着いた。 「過去への配達ですか」透は首を傾げた。 「正確には、過去の彼が住んでいた場所へ、です」星野局長は言った。「手紙は時を超えません。でも、場所に置かれた言葉は、時を超えて誰かに届くことがある」 届け先は、男性が二十歳の時に住んでいた下宿。現在は、別の若者が住んでいる。就職活動に悩む、二十歳の学生だった。 学生はポストに見知らぬ手紙を見つけた。読んで、彼は少し肩の力を抜いた。「二十年後の誰かが、二十年前の誰かに書いた手紙が、俺のところに来たのか」 学生はその夜、手紙を三度読み返した。就職活動の書類の山の前で、彼は深呼吸をした。偉くならなくていい、という言葉は、怠けていいという意味ではないのだろう。焦って自分を見失うな、という意味なのだと、彼は受け取った。翌日、彼は面接で初めて、緊張しながらも自分の言葉で話すことができたという。 彼はその手紙を、本棚にしまった。いつか自分も、未来から誰かに手紙を書く日が来るかもしれないと、思いながら。 一方、手紙を書いた四十歳の男性は、出張の帰りに偶然、昔の下宿の前を通った。窓には明かりが灯り、若い住人の影が見えた。彼は知らない。自分の手紙が、その窓の内側で、もう一人の二十歳を励ましたことを。それでよかったのだ。手紙は、書き手の知らない場所で働くことがある。 学生の就職は、その後まもなく決まった。内定の報告を、彼はまず本棚の手紙に向かって行ったという。 言葉のリレーは、夜の局の大切な仕事の一つだった。