第26話 局長の荷物

夜の郵便局 著者:ミオ

ある夜、星野局長が私物の整理をしていた。古い帳面、何十年も使った万年筆、配達用の鞄。若い頃の写真もあった。坂の上の郵便局の前で、制帽をかぶって立つ、青年時代の局長だった。 「局長、もしかして」 「引退ではありませんよ」局長は笑った。「ただ、この局も私も、少しずつ、次の季節の準備をする歳になりました」  夜の郵便局は、町の人々の「出せなかった思い」と共に在る場所だ。思いがある限り局は続く。けれど、局長は永遠ではない。 「透さん、あなたは良い配達員になりました。最初は自転車の鍵を落としてばかりでしたが」  透は笑って、それから少し寂しくなった。この数か月、夜の配達が彼の生活の中心になっていた。星野局長の静かな声、墨の足音、白湯の味。 「まだ教わることが、たくさんあるのに」 「大丈夫。夜は、まだ続きます」  透の最初の頃の失敗は、今では局の笑い話だった。宛先を一軒間違えかけた夜、ポストの前で墨に足首を叩かれたこと。雨の日、封筒を濡らすまいと制服の中に入れて走り、自分だけずぶ濡れになったこと。その一つひとつを、星野局長は責めずに、帳面の隅に小さく記録していた。失敗の記録は、成長の記録でもあった。 「透さんの頁は、だいぶ厚くなりました」局長は言った。「配達員の証です」  その夜届いた手紙は、老いた母から、嫁いだ娘へのものだった。「あなたの幸せが、私の幸せです」。配達の帰り道、透は思った。この仕事の温かさを、いつか自分も誰かに手渡せますように、と。   数日後、町で買い物中の透は、文房具店の主人から声をかけられた。「あんた、夜の配達の人かい。この前、うちの母の手紙が、嫁いだ姉のところに届いたそうだ。姉から電話があってね、二人で泣いたって」。透は驚いて、それから嬉しくなった。届けた先の物語は、こうして時々、昼の町でそっと返ってくるのだ。  墨が透の自転車の籠に飛び乗り、夜風の中で目を細めた。