局の「出せなかった手紙入れ」に、初めて「返事」が入った夜があった。 数週間前、透が届けたのは、元同僚への謝罪の手紙だった。転職の際、引き継ぎが不十分で迷惑をかけたことへの、遅い謝罪。受け取った相手は、手紙を読んで、返事を書いた。しかし相手の現住所が分からない。彼は考えた末、「夜の郵便局」という噂を思い出し、坂を上って、その箱に返事を投函したのだ。 「返事の配達は、嬉しいものです」星野局長は言った。「届いた言葉が、また言葉を連れてくる」 「もう喧嘩は終わりにしよう。君の新しい職場での活躍を、祈っている。いつか、飲みに行こう」 返事を投函した夜のことを、局員は誰も見ていない。けれど翌朝、「出せなかった手紙入れ」の脇の雪——その夜は小雪だった——には、大人の男の足跡と、深く頭を下げたような雪の窪みがあったと、星野局長は帳面に記している。「ありがとう」の形は、人それぞれなのだ。 返事は、謝罪を書いた男性の元へ届けられた。彼は読み終えると、すぐに電話を手に取った。夜中だったが、相手は起きていた。 二人は三十分も話したそうだ。最後は笑い声で終わったという。 二人の電話は、最初こそぎこちなかった。昔の職場の話、互いの近況、他愛のない天気の話。けれど話すうちに、謝罪の手紙に書けなかったことまで、自然に口から出たという。「あの時は、本当にすまなかった」「俺も、察してやれなくて悪かった」。電話の終わりに、二人は若い頃によく行った居酒屋の名前を、同時に口にした。来月、そこで会う約束をしたそうだ。 約束の日、二人は居酒屋で再会したという。最初の一杯を前に、どちらからともなく「あの手紙がなければね」と言い、二人で笑ったそうだ。謝る手紙と、その返事が、途切れかけた縁を結び直したのだった。 配達簿のその頁には、局長の字で小さく書かれている。「往復、完了」。夜の局では往復の手紙は珍しく、その頁には墨の足跡も、誇らしげに添えられていた。